(続き)
初日は8時出勤なので余裕を見て6時に家を出る。
慣れない車の運転だが、朝の空気が気持良い。初めての出社なので少し緊張気味。
動きやすい格好をしてきてくださいとの事でジャージに身を包む。私は、その時から現在まで仕事着=ジャージである。
地図で確かめながら瀬戸への道をたどっていくと、高蔵寺周辺で急に道が混んでくる。瀬戸には、企業団地があって朝は出勤ラッシュがある。早く出てきて良かった。初日から遅刻ではかっこ悪すぎるし、働いている間中ずっと言われ兼ねない。
何とか15分前に会社にたどり着き駐車場に車を入れる。
倉庫の開いたシャッターからリフトが出入りし、営業の人や配達のおじさんたちがせわしなく動いている。
事務所のオネー様はまだ来ていない。
だが、人事担当?総務?のおじさんがやってきてくれた。
「おはようございます。道は混まなかった?」
なんて軽い挨拶を済ませる。
「じゃあ蔵に案内しますね」
「仕込み中はみんなぴりぴりしてるから、気をつけてね」 って何に気をつけるのか?
会社を縦断している道を歩いていく。
ちょうど、大きな扉の前を通りかけたとき、おもむろにその引き戸が開き、手に糊のはけとベニヤ板の切れ端を持った、背中の見事に曲がったおばあさんが出てきた。
建物のも古くぼろぼろでお化け屋敷みたいな所から急に出てきたので一瞬亡霊かと思って少しちびった。 このおばあさんもこの会社で現役バリバリ戦力なのである。この人を最初おばあさんと呼んでいたが、回りのおばさん従業員連中から非難を浴び、おばさんと呼ぶようになる。
このおばさんも私に良くしてくれた。私の事を褒めちぎるので何時もこそばゆくなったのを覚えています。もう50年若ければな。
今も元気だろうか?
突き当りを右に曲がり蔵に向かって歩いていく。
山のように一升瓶が積み上げられた中庭に出てそこからアーチ状の道に入って行く。
ビン場の入り口がある。
ビン詰めの準備をしているようだ。瓶詰めの人が遠まわしに私を見て来る。
ああ、転校生の様だ。私は小学生の時に金沢市から転校してきたがそれを思い出した。
脇に一メートルくらいのタンクが無造作に置かれている。そこで一人のおじさんが仕事をしていた。
結構古くからここで濾過調合をやっているが。昔はどこか名古屋の蔵で杜氏をやっていた事もある人で、いつも私を呼び止めて、この酒とこの酒どっちがいいと思う?なんて聞かれたものだ。意外と好きな酒のタイプが一緒で気があった。
このアーチ状の通り道の置くに褪せた緑色の大きな鉄扉がある。どうやらそこに連れられていくみたいだ。
人事担当者に人が渾身の力で鉄扉をあける。重そうだ、私を拒んでいるのか?
この扉を開けて入っていくともう戻れない気がする。ゆっくりとガラガラと大きな音を立てて封印を解かれた地獄門が開いてゆく。 次回に続く。荒川
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